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【大阪の魅力発見】世界でただ一つの和泉蜻蛉玉®

その輝きは1000年前と同じ。大阪の伝統工芸品『和泉蜻蛉玉🄬』

色とりどりのガラスで造る『和泉蜻蛉玉🄬』

『京こま』

 『和泉蜻蛉玉🄬』。それは和泉国(現在の堺市)で作られていたガラスの珠。今もなおその伝統を継承して作られている大阪府知事指定の伝統工芸品です。一番の特徴はその製法。他地域のガラス玉は1本のガラス棒のみですが、『和泉蜻蛉玉🄬』は数種類のガラス棒を束ねて使用しています。そうすることで他地域のとんぼ玉にはない豊かな彩色を演出しているのです。
 さらに模様の付け方も独特。多くはミルフィオリと呼ばれる金太郎飴のように模様が入っているガラス棒を地玉に溶かしこむことで付けますが、『和泉蜻蛉玉🄬』は粉のように細かく砕いたガラスを使います。地玉の表面に付着させてからバーナーで溶かし、模様を付けていくのです。確かにデザイン自体は他に比べると素朴かも知れません。しかし『和泉蜻蛉玉🄬』の本来の目的は着物を立たせること。あえて控えめに、着ている服の魅力を引き出すために、シンプルな模様が伝統として残されているのです。

古墳時代から始まる蜻蛉玉の歴史

『京こま』

 『和泉蜻蛉玉🄬』の歴史は古く約1500年前、古墳時代まで遡ります。当時は宝石のような扱いをされており、権力の象徴として用いられていました。江戸時代になると庶民の手にも届く存在となり、数珠やかんざし、帯どめの飾りとして広く使用されるようになりました。伝統を正しく守るため、今では唯一の職人である山月工房の二代目・松田有利子さんが先代である父・小溝時春さんと共に『和泉蜻蛉玉🄬』の普及活動を続け、2002年に大阪府知事指定伝統工芸品として認定されました。

国宝の再現をきっかけに誇りを取り戻す

『京こま』

 実は『和泉蜻蛉玉🄬』は一時、断絶の危機に陥っていました。そのため原材料であるガラスの棒の入手が困難に。松田さんは当時を振り返り、こう語っています。「工房のストックも無くなりかけており、とても焦りがありました。父と思い当たるガラス業者を訪ねて回り、大事に残していたガラスを買い取らせていただいたのをよく覚えています」。
 転機が訪れたのは、2010年。平等院鳳凰堂に祀られている国宝・阿弥陀如来坐像を飾る瓔珞(ようらく)の復元に携わることに。歴史に詳しい大学教授や金属加工のスペシャリストなどのチームの一員として、再現プロジェクトへ参加。特殊な機械を用いて、約1000年前に作られた瓔珞に付いているガラス玉の成分を計測してみると、なんと山月工房で使用しているガラスとほぼ同じ成分であることを発見したのです。紆余曲折の末、無事に完成した瓔珞を見た松田さんは達成感とともに、自らが作っている『和泉蜻蛉玉🄬』に誇りを持ったそうです。「偶然の結果でしたが、それまで漠然と感じていた和泉蜻蛉玉🄬の歴史を実感できたと思います。私が携わっているものは1000年の歴史があるんだ。それだけ多くの人が関わってきた伝統を、さらに1000年続かせるために頑張らねばと改めて決意しました」。

唯一の『和泉蜻蛉玉🄬』職人は未来を見据えている

『京こま』

 今やただ一人の『和泉蜻蛉玉🄬』伝統工芸士となった松田さん。これまでは男性が多かった造り手の技に女性としての感性を足すことで自分らしさを表現したいのだとか。「まだまだ師である父の技術には及びませんが、私だけにできる和泉蜻蛉玉🄬を作っていきたいです」。さらに松田さんの娘さんも興味津々。脈々と受け継がれていく伝統に、次なる一手が打たれる日も近いのかも知れません。

山月工房 大阪府伝統工芸士
松田有利子氏

山月工房

父である小溝時春氏が泉州(和泉国)地方独自の技法を使用した専業職人最後の一人となり、父とともに歴史保存活動を始める。泉州地方独自の技法で制作したガラス玉を「和泉蜻蛉玉Ⓡ」と名称し、活動。2002年、大阪府知事指定伝統工芸品に認定される。

お気軽にクラフト体験

■「和泉蜻蛉玉Ⓡ」を使ったブレスレット制作体験
体験価格 2,500円(税込)

「和泉蜻蛉玉Ⓡ」は和泉国(いずみのくに)で制作されてきたとんぼ玉の歴史を 正当に継承した技法・技術・材料で制作され、透明感と、しっとりとした 艶やかさを含んだ風合いと輝きが特徴的なとんぼ玉です。是非お部屋で 伝統工芸のコト体験をお楽しみください。

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